バスクとザビエルとゴヤ

司馬遼太郎の南蛮のみちⅠ、Ⅱを読んだ。

街道をゆく(22)新装版 南蛮のみち 1 (朝日文庫) [ 司馬遼太郎 ]

kindle版で読んでみたら、写真が無くて残念だったけれど運の良い事に、この本の巡礼をしている写真が豊富なブログを見つけたのでKindle版を買った人はここで補完することをお勧めする。
(のんびり歩くヨーロッパ:96. バスク、司馬遼太郎の足跡)

南蛮のみちⅠ は1984年発売で、同じ年に堀田善衛のカタルーニア讃歌が出ている。

理由は思いつかないけれど、バブル期の日本の知識人層にスペインが人気だったのかもしれない。

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1巻目はバスクとは何かが主なテーマで、サンジャンピエドポー(Saint-Jean-Pied-de-Port)~パンプローナ(pamplona)~ザビエル城を実際に見ていく紀行文。

日本で一番知名度のありそうなバスク人のフランシスコ・ザビエルと次いで縁の深いカンドウ神父の二人をメインに話が展開される。

この本のルートは、まんまサンティアゴ巡礼と同じで、本の中でも何度か言及されている。

前に日記に書いた「銀河を辿る―サンティアゴ・デ・コンポステラへの道」の著者は少し遅れて87年にスタートしているので、この本が書かれた当時はサンティアゴ巡礼なんか日本では殆ど無名だったのではなかろうか。

 

サンティアゴ巡礼の最盛期は11~12世紀なので16世紀のザビエルの時代にどの程度巡礼者が居たのか分からないけれど、彼の通っていた学院の近くにサン・ジャック(Saint・Jacques)通りがあり、巡礼者もその通りに集まったそう。

彼の学生時代には痴愚神礼讃が出版されていたので、ある程度は巡礼のモチベーションが下がっていたのではないかと思う。

ちなみに聖ヤコブの読みをまとめると、英語でSt.Jacob/James、フランス語でSaint・Jacques、スペイン語でSantiago。(表記揺れに厳しいパワポマンは発狂してしまうだろう…)

また、ザビエルはスペイン語だとFrancisco “de” Xavier。

この名前の間の”de”についての連想で、日本でも鎌倉時代は領有している地名を姓として熊谷”ノ”次郎と名乗っていたので”ノ”(之)に当たると書いてある。
熊谷”ノ”次郎 とは埼玉の熊谷のことで、熊谷直実、熊谷次郎直実。

スペインの名前のdeにいては、ドンキホーテ(Don Quijote de la Mancha)の”de”は故郷(騎士の所属地域)を表すためにde la Manchaとしたそうで、ゴヤ(Francisco de Goya)の”de”は堀田善衛のゴヤⅠによると貴族の証であるそう。

更に余計な事を加えるとXavierの現代スペイン語綴りはJavierでこれはゴヤの子供の名前で、ゴヤの父親はバスク人です。

ゴヤ(1) スペイン・光と影 (集英社文庫) [ 堀田善衛 ]

 

本の中では記録と当時の状況を頼りにザビエルとロヨラの台詞を生々しい感じで筆者が想像した文が幾つか出てくるけど、早い話が、下品に言うなら…岡田斗司夫の動画に要約されている。

動画に1点補足するとザビエルがロヨラに会うまでは日本人のイメージと違ってリア充だったところだろうか。

 

本の中のもう一人の主役、カンドウ神父の生家はザビエルの父方の先祖の家の隣(である可能性が非常に高い)だったそう。

一応webにもそれらしき事が書かれているので、事実だと思うけれど。
https://www.irfa.paris/fr/notices/notices-necrologiques/candau-1897-1955

 

サンティアゴ巡礼もザビエルも話を追いかけていくとフランス語だったりバスク語だったりとスペイン語が中心になることが少なかった。

スペイン語学習の観点からは題材としてちょっと物足りなかった感じがする。反省。

 

以下は作中に挙げられていた参考書籍。

スペイン帝国の興亡 1469-1716 (岩波モダンクラシックス) [ ジョン・H.エリオット ]


自然神学の講義・外国語の学び方(カンドウ神父)
スペイン歴史と文化(ヘンリー・カメン)
スペイン聖と俗(有本 紀明)
イスラームスペイン史(W.M.ワット)

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